大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)5541号 判決 1987年8月18日
反訴原告
相澤敬一
反訴被告
山文商事株式会社
主文
一 反訴原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は反訴原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 反訴請求の趣旨
1 反訴被告は、反訴原告に対し、金四三万一七四〇円及びこれに対する昭和六二年二月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 反訴請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 反訴請求原因
1 事故の発生
次のとおりの事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 日時 昭和六二年二月八日午前一〇時頃
(二) 場所 大阪府枚方市藤阪町三丁目二五三六の一一三
山文商事株式会社(反訴被告)長尾営業所(ガソリンスタンド、以下「本件ガソリンスタンド」という。)
(三) 被害車 反訴原告が押していた原動機付自転車
(四) 態様 反訴原告が被害車を押して右ガソリンスタンドから道路に出ようとした際、別紙図面記載の幅一〇センチメートルの排水小溝(赤線部分、以下「本件排水小溝」という。)に被害車の車輪がはまり込み、被害車もろとも転倒した。
2 責任原因
反訴被告は、次のとおりの理由により、本件事故による反訴原告の損害を賠償すべき義務を負う。
(一) 土地の工作物責任(民法七一七条一項)
反訴被告は、本件ガソリンスタンドの占有者であるが、本件排水小溝には網状模様の鉄製カバー等が設置されておらず二輪車の車輪がはまり込むようになつていた瑕疵があり、これによつて本件事故が発生した。
(二) 不法行為責任
反訴被告は株式会社であるが、その代表者は、反訴被告の営業所である本件ガソリンスタンド内の本件排水小溝に二輪車の車輪がはまり込まないように網状模様の鉄製カバー等を設置すべき注意義務があるのに、これを怠つた過失により、本件事故を発生させた。
3 損害
反訴原告は、左記のとおり、本件事故により受傷し損害を被つた。
(一) 反訴原告の受傷等
反訴原告は、本件事故により、左膝打撲擦過傷等の傷害を被り、通院一七日(実日数七日)を要する治療を受けた。
(二) 通院交通費 三六〇〇円
(三) 休業損害 一八万八〇〇〇円
反訴原告は、本件事故当時貴金属加工業を自営し、左足で機械を踏み込んでする仕事に従事して平均賃金程度の収入を得ていたが、本件事故により、一七日間休業を余儀なくされ、その間一八万八〇〇〇円の収入を失つた。
(四) 通院慰藉料 七万円
(五) 物損
(1) 被害車の修理費 七万五一四〇円
(2) 外国製ライターの修理費 一万五〇〇〇円
本件事故により、被害車及び反訴原告が所持していた外国製ライターが破損し、それぞれ右のとおりの修理費を要した。
(六) 弁護士費用 八万円
4 反訴請求
よつて反訴請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は本件事故発生の日である昭和六二年二月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による。)を求める。
二 反訴請求原因に対する認否
1 反訴請求原因1の(一)ないし(四)は認める。
2 同2の(一)及び(二)は争う。
本件排水小溝は、消防法の附属法令である「危険物の規制に関する政令」により設置を義務付けられたものであつて、ガソリンスタンドの構内の水、油などを分離槽に集め一般下水に流れ出さないようにしたものである。本件事故は、反訴原告の不注意によるものであり、反訴被告に責任はない。
3 同3の内、反訴原告が本件事故により左膝打撲擦過傷等の傷害を被つたことは認めるが、その余は不知。
三 抗弁(過失相殺)
仮に、反訴被告の責任が認められるとしても、本件事故の発生については反訴原告にも被害車を本件排水小溝に沿つて動かしてその前輪を落とし込んだ過失があるから、反訴原告の損害賠償額の算定にあたつては過失相殺により減額されるべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁は争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 事故の発生
反訴請求原因1の(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがない。
二 責任原因
1 本件排水小溝
証人矢吹正宏の証言及びこれにより真正に成立したことが認められる甲第一号証、反訴被告の社員である矢吹正宏が昭和六二年五月一五日本件事故現場を撮影した写真であることにつき争いのない検甲第一、第二号証、反訴原告の本人尋問の結果により反訴原告が同年二月頃本件事故現場を撮影した写真であることが認められる検乙第一、第二号証、弁論の全趣旨により反訴原告が同年三月頃反訴被告とは別の会社のガソリンスタンドを撮影した写真であることが認められる検乙第三、第四号証によれば、次のとおりの事実を認めることができる。
(一) 本件排水小溝は、別紙図面の赤線部分のとおり、本件ガソリンスタンドの出入り口と東側の歩道との境界線に接近して本件ガソリンスタンド構内に設置された、幅一〇センチメートル、深さ九センチメートルの溝であること。
(二) 本件排水小溝は、消防法の附属法令である「危険物の規制に関する政令」一七条一号、三号により、屋外の給油取扱所から出る水や油などの液体を油分離装置に集め、道路上や一般下水に流れ出さないようにするため、全ての屋外の給油取扱所に設置が義務付けられているものであること。
(三) 本件ガソリンスタンドの出入り口と接する東側の歩道には、別紙図面のとおりその北寄りと南寄りの二か所に乗入舗装が施され、その部分だけ歩道とこれに接する車道との段差が低くなつており、本件ガソリンスタンドに出入りする車両は、この乗入舗装のところを通つて車道と本件ガソリンスタンドの構内とを行き来すること。
(四) 本件排水小溝のような幅一〇センチメートルの溝に車輪を落とす可能性があり、かつ本件ガソリンスタンドに給油のため出入りする車両としては、車輪の幅の狭い被害車のような原動機付自転車以外には考えられないこと。
(五) 反訴被告方に入社して二一年になり本件ガソリンスタンドの所長でもある証人矢吹正宏の経験では、本件事故のような排水小溝に車輪を落として転倒する事故がガソリンスタンドで発生したことを聞いたことがなく、また、排水小溝に前掲の検乙第三及び第四号証の写真に写されているような細長い鉄板製のカバーを設置しているガソリンスタンドは、ガソリンスタンド全体の一%以下の印象であり、反訴原告が主張しているような網状模様の鉄製カバー等を設置しているガソリンスタンドは見たことがないこと。
2 本件事故の態様
成立に争いのない乙第四号証の一ないし三、前掲検乙第一及び第二号証、反訴原告の本人尋問の結果によれば、反訴原告は、身長一七一センチメートル、体重一〇〇キログラムで、本件事故当時三七歳の男性であり、本件事故の二年程前に被害車(原動機付自転車)を購入し、週一回の割合で本件ガソリンスタンドなどで給油を受けていたが、本件事故当日、本件ガソリンスタンド構内の別紙図面の右上の計量機で被害車にガソリンの給油を受けた後、本件ガソリンスタンドの南隣にある喫茶店に行くため、被害車を押しながらその左側を歩き、本件排水小溝の南寄り付近を約七〇度の角度で横切ろうとした際、その前輪を本件排水小溝に落とし、すぐにこれを引き上げようとしたが、重くて引き上げられずに勢い余つて被害車もろとも左側に転倒し、左膝打撲擦過傷及び左大腿擦過傷の傷害を負つたことを認めることができる。
3 土地の工作物責任
前記1で認定した事実によれば、本件排水小溝に網状又は梯状の金属製カバーが設置されていれば、反訴原告は被害車の前輪を本件排水小溝に落とすことはなく、従つて本件事故は発生していなかつたと考えられるから、このようなカバーを設置していなかつたことが土地の工作物の設置の「瑕疵」といえるか否かについて検討する。ちなみに、前掲検乙第三及び第四号証の写真に写されているような細長い鉄板の中央線上に間隔をおいて穴の空けられたカバーでは、ガソリンスタンドの構内から流れ出る水や油が道路上などに流れ出す危険性があり、ガソリンスタンドなどの屋外の給油取扱所に排水小溝の設置が義務付けられている目的が達成されず、前記政令に違反する恐れがあると考えられる。
ところで、民法七一七条一項にいう土地の工作物の設置又は保存の「瑕疵」とは、その物が本来備えているべき性質や設備を欠いていることをいうと解せられるところ、前記1で認定した事実によれば、
(一) 本件ガソリンスタンドで給油を受けるために出入りする車両は、乗入舗装された部分の歩道を通過する際、歩道に接近して設置された本件排水小溝を横切ることになるが、その位置関係からみて本件排水小溝に沿つて車輪を動かすことは通常考えられず、従つて本件排水小溝に車輪を落とすようなことも通常予想されないこと。
(二) 本件事故における反訴原告のように、原動機付自転車を押しながら本件ガソリンスタンドを出て歩道上を通つて他の場所へ移動する場合であるとか、歩道上を通つてきて本件ガソリンスタンドの構内に入るような例外的な場合には、本件排水小溝に沿つて車両を動かすことがありうると考えられ、従つて本件排水小溝に車輪を落とす可能性もないではないが、このような場合には、原動機付自転車のエンジンを切つて押さなければならないのであるから、仮に本件排水小溝に車輪を落としたとしても、溝の深さは九センチメートルであり、原動機付自転車を押していた者がこれによつて転倒する可能性は低く、また、本件事故のように落とした車輪を引き上げようとして車もろとも転倒する可能性は更に低いと考えられること。
(三) 排水小溝は、前記政令により屋外の給油取扱所である全てのガソリンスタンドに設置が義務付けられており、従つて全てのガソリンスタンドに設置されているから、その利用者には排水小溝の存在は周知の事実であると考えられるし、外観上もその存在は一見して明らかであり、利用者の方でその運転する車両の車輪を排水小溝に落とさないよう気を付けることが期待できること。
(四) 排水小溝に網状または梯状の金属製カバーを設置する場合には、ガソリンスタンドから流れ出る水や油でその表面が濡れることが十分に予想されるから、ガソリンスタンドに出入りする車両特に単車がこのような濡れたカバーの上を通過する際にスリツプして事故が発生する可能性も考えられないではないこと。
以上のことが認められる。
右に延べたこと、即ち本件排水小溝の位置、形状、設置の目地、歩道及び車道との場所的関係、その他諸般の事情を考慮すれば、本件排水小溝に網状または梯状の金属製カバーが設置されていなくても、それが本来備えているべき設備を欠いているとは認められないから、その設置に瑕疵があるとはいえないというべきであり、従つて、反訴原告には民法七一七条一項の土地の工作物責任は認められない。
4 一般不法行為責任
前記2で認定した事実によれば、反訴原告は、少なくとも本件事故の二年程前から被害車に給油を受けるため、本件ガソリンスタンドなどを多数回利用していたのであるから、ガソリンスタンドにおける排水小溝の存在については当然認識していたものと推認でき、本件事故においても、本件排水小溝に沿つて被害車の車輪を動かすような場合には、これに車輪を落とすことのないよう自ら注意すべきであり、また誤つて車輪を落としたときには、被害車が倒れないよう注意しながら車輪を引き上げるか、仮に一人で引き上げられない場合にはガソリンスタンドの従業員等の手助けを借りればよいと考えられる。
右に述べた点及び前記3において述べた点を考え合わせれば、結局、本件事故は、反訴原告が注意を欠く行為を重ねた結果生じた自損事故といわざるを得ず、反訴被告の代表者には、反訴被告の営業所である本件ガソリンスタンド内の本件排水小溝に網状または梯状の金属製カバーを設置すべき注意義務を認めることができず、従つて過失は認められないから、反訴被告は不法行為責任も負わないというべきである。
三 結論
よつて、その余の点について判断するまでもなく、反訴原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 細井正弘)
別紙 <省略>